東川の市街地から旭岳方向に車を走らせると、たちまちのどかな田園風景が広がる。夏空のもと、青々とした田んぼに囲まれて建つ一軒家。入口には白いのれんがかかり、「玄米おむすび」の立て看板が目を引く。2014年春にオープンしたおむすび屋「ちゃみせ」は、この地で5回目の夏を迎えた。地元に愛され、週末ともなれば遠方から車を飛ばしてやって来る客も少なくはない人気店を、叔母、母ととともに営むのは千葉紘子さんだ。
おむすび1本に絞り、旭川から東川へ

「今日は、周りの山々が最高にきれいです。旭岳も見えますよ」そう言って、千葉さんはにこやかに出迎えてくれた。
今は東川町で暮らしているが、生まれ育ったのは旭川。叔母が始めたごはん屋にまず母が加わり、やがて千葉さんも手伝うように。「体にいいものをつくりたいね」という思いから、玄米を中心としたおむすびに絞ることに思い至る。最初は東川の町中に店舗を借りて、旭川から通いながらおむすびを販売。3年が過ぎた頃、東川の魅力に惹かれて一家で移り住んでしまった。それが現在の場所。店舗は家族が暮らす住居も兼ねている。
「東川のおいしい伏流水で育った米を、同じ水で炊いて、おむすびをにぎる。東川の水を使ってすべてをやってみたい、そう思いました」
東川に暮らして知った水のおいしさ

大雪山連峰の麓に位置する東川は、北海道で唯一、全国的にみても珍しい上水道のない町として知られている。大地にしみこんだ雪解け水が、長い時をかけて運ばれる。悠久たる自然の恵みをいただき、この町に暮らす人たちは生活水として使っているのだ。ミネラル成分豊富な天然水で育てられる米や野菜のおいしさも、また格別。東川は、北海道有数の米どころとしても名を馳せる。近年高い評価を得ている北海道米の中でも、特に「東川米」の存在感は群を抜く。それも、水の力に負うところが大きい。

「東川の水のおいしさは聞いていましたが、正直、町中に店舗を借りて旭川から通うようになるまでは、私自身水について意識したことはなかったんです。でも使ってみて実感しました、ここの水は違う!と。まったく角がなくて、すっと入ってくるんです」
まだ旭川で暮らしていた頃、病を患った母のために「大雪旭岳源水」まで水を汲みに行ったこともあるという。良質な水を誇る東川の中でも、とりわけ名水として名高い「大雪旭岳源水」には、清冽な水を求めて日々多くの人が訪れる。
「この町の水を飲むようになってから、水の違いがわかるようになりました。毎日飲んでいると当たり前のようになってしまうのですが、外に出てみると、あれ、違う、と感じることがよくあります。この水を飲んでしまうと、ほかの水はなかなか飲めなくなりますね」
米も具材も地元産、北海道産にこだわる

おむすびの主役である玄米は町内の農家から仕入れ、野菜をはじめとするバラエティ豊かな具材も、できる限り地元産や北海道産を使うことにこだわりをもつ。父が丹精する自家菜園では、夏野菜がそろそろ収穫のときを迎えていた。畑で採れたなすが、「なす味噌のおむすび」にひと役買う。

「ちなみに、白米はここからです」と、指さす先には田んぼが。店の敷地の隣で米づくりをする農家から白米を仕入れているのだという。豊かな水をたたえた田に植えられた若い苗が力強く成長し、やがて稲穂を垂れ、一面黄金色に姿を変える。その一部始終を日々見守りながら、千葉さんは、収穫の秋を心待ちにしている。
「おむすび屋として、こんなに幸せなことはないですよね。目の前で育ったお米でおむすびをにぎることができるんですから」満面の笑みがこぼれた。
撮影/名和真紀子 取材・文/河合映江
取材日/2018年7月12日